日記・コラム・つぶやき

雨にあたろう

人の世は決して公平ではなく運不運がありすぎ、善き人が

幸せになるとも限らない。まして哀れみ同情などで人は救われないし

幸福にもなれない。自他のためにできることはただただ祈ること。

無力な自己を知ったうえで、ただ祈る。宇宙律とも言うべき絶対律に

祈りが届く、届かぬは知ったことではなく、祈ることだけがちっぽけな

自分にできること。

いったいいつの新聞の切り抜きかも覚えていません。いつも引出しの中にあり、時々出してはぼーっと読んだりしています。わたしは体の痛みや疲れに鈍感で、自覚したときにはもうかなり大袈裟なことになっていることが多いのです。今はその大袈裟な段階にさえも気づかず、峠を越えたあたりで自覚している最中です。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

雨にあたろう

ずぶぬれになろう

たった独りであることを 体に叩き込み

何度でも愛すべきひとたちのなかへ

飛び込もう

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雑詠 (有季定型)

鯛焼きの腹の透けたる晩夏光

七七日仏花に埋もる友の秋

Kissだけをください今宵流星群

秋の風をんなの軸のちよとぶれ

流星やわれにひとつの無垢ありて

満月のせゐには出来ぬ恋愛歌

夏の夜おまへひとりの夜じやなゐ

向ひ合ふ向日葵嫌ひ大嫌ひ

大阪の夜をふたつに雷走る

晩夏光ふざけあつては傷つけて

秋といふものぽつとりと落ちてゐる

似たやふなカナシミてふ奴林檎割る

星鳴くや星流れしや犀の角

たぐりよせ乳房の星の在りかなど

.......................................................................................................................................................................................................

すでに秋季語の季節です。体感としてはまだ夏なので夏季語も使いました。非意味性句が多いのはいただけませんが、今夜はそんな気分なのでお許しを。。。

駄句駄句です(恥)

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写メ写真

摘出した臓器を
写メで撮ったいとこ
父親のために
わたしはできなかった
10秒も見ていられなかった


叔父が早期の癌で入院 手術となり、さっそくお見舞いに駆けつけました。案外に元気で病室には笑い声が絶えなく、その中でいとこが携帯の写メ写真を見せてくれました。普段はおっとりの、年下のまだ20代のダンナさんに甘えているかのような彼女の、その写メで写したという行動が驚きでした。「ちゃんと残しておけばなにか役にたつかもしれないと思って」父親を思う娘心です。このいとこと歳もかわらないわたしは、写メどころかステンレスにどさっとのせられた父の臓器をまともに見ることもできない娘でした。末期癌の手術で命の期限がきられている、それが理由でしょうか......わたしに度胸がなかったんでしょうか......。(惨い これじゃあ体の中、からっぽだわ)と思ったことだけ覚えています。叔父は予後も良好で、母を含め仲良し兄弟5人のひとりです。欠けてもらっては困ります。まずは叔父の手術成功には心底安心しましましたが、あの写メ写真だけは、わたしの胸にチクリと痛みを残しました。

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反比例で生きてる

わがままだろうか
生きてることの
ほかに
もうひとつ
なにかがほしいと思う


のど元すぎればなんとやらです。生還?したときには「もうなにもいらない!生きてるだけで充分!」確かにそう思い感謝したはずなのに........。物質的なものは、生きやすくするために、または性格上、どんどん捨てているのに精神的なものはどんどん増えてゆく。だから生きてる、だから生きられる。ただ悲しいのは、だからと言ってすこしも賢くはなっていないというまさに「反比例」のような現実です(ちょっと悲しい)

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ほんとうの颱風をしらない

がっかりするのも
おかしいけど
それた台風に
ちょっと
会いたかった


関東方面のニュース。多摩川の恐ろしさをかたずをのんでテレビで見ていました。こちらのニュースでも、注意するようにと呼びかけ、わたしの住むところでも館内放送が危険を知らせていました。ベランダのものはすべて室内へ移動させるように。「そんな凄いことが起きるの??!!」内心驚いていました。AM3時半まで寝ずに待っていました。

今、どんどん雲が流れて青空が増えています。ただ、雨が静かに降っただけの夜でした。これをありがたいと思わなければ、台風被害に苦しまれた方々に失礼です。北海道はいつも台風がそれるので、ほんとうの恐ろしさを身で理解していないのだと思います。川に流され土砂に流され風に飛ばされ........。その恐ろしさを知らず暮らしてるなんて、このちいさな日本で、不思議な気がします。台風の被害にあわれた方々へ。知らぬ者の脳天気な駄歌を、お許しください。

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待っているから

来年
貴女が帰ってくるのを
待っているから
おもいっきり
待っているから


逢えば泣くかもしれません。貴女も泣くかもしれません。ふたりですこしだけ泣いたら、そこからはあの頃に戻りましょう。さりげなくうれしい時間を、ときどき共有しましょう。待っています。

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赤ちゃんいぬの歯

売っていない
二度と手にすることも
見ることもできない
ちょっとした
喪失感


「お財布バイバイ」なんて太っ腹なところを見せていましたが、大変なことに気がつきました。「いぬの乳歯」が入っていたのです。白く細く尖ったそれを、わたしは全部取っておいたのです。ちいさな袋に入れてお財布の中に入れていました。正直、がっくりです。泣きたいほど可愛い宝物でした。いつか死ぬときは持っていこうと決めていました。魔がさして持って行ってしまったことは仕方のないことです。でも、あの乳歯だけは返してもらいたいと切実に願っています。わたしの住所はわかるはず。着払いで、返してくださればこんなにうれしいことはありません。

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空なのである

『青空ばかりでごめんなさい』
こんな爽やかな言葉で
今日がはじまるなんて
なんか
うれしい


今朝の新聞で目にとまった言葉です。ある市のキャッチコピーなんだそうです。

申し訳ないほどの青空。なんか、とてもいいです。泣きたいほどの青空もきっとあるはず!なんにも思わずに空を見ていても、それはそれでOKです。空を見られることが、いいんです。きっと。

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おおきな綿ぼこり

水平線のまるさ
だだっ広い野原
ゆく川の流れ
こんなものを見たくなるときって
首すじのあたりが疲れたとき


日々のあれこれ、人とのあれこれ、自分とのあれこれ、普通にこなしていていても綿ぼこりのように疲労感が転がっています。それが固まりになって動かないほど質感を持つと「あぁ なんだかなぁ〜」という疲れの実感になるようです。<泣く>という行為がストレス軽減にたいへん効果があると聞いたことがあります。感情を高ぶらせ一気に放出するのがいいのでしょうか。でも、それでは流れないものもあります。自然界の大いなるものに慰められたいと思うとき、ひとりっきりの心をすっぽりと投げ出してしまいたいんじゃないかと思います。そこには言葉も思惑も遠慮もないからです。でも、だからと言って自然界の中でひとり生きてゆけと言われれば、それは無理で日々のあれこれはまさに生きるためのあれこれに、人とのあれこれも協力なしには生きられないあれこれに、自分とのあれこれなど考えている暇もないほど厳しいものになる事間違いなしです。

日々のなかでちいさな安らぎをみつける能力こそが必要なんだと実感しています。昨日は五つ葉のクローバーをみつけました。

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お財布バイバイ

2万円入りのお財布をおとした
だれかが
おいしいもの食べたり
欲しかったもの買ったり
そう考えると少しいいことをした気分


昨日の朝、お財布がトートバックごと無くなっているのに気づきました。記憶を辿ってピン!ときました。さあ、それからが大変でした。キャッシュカード、クレジットカード、電子マネーつきのカードもあります。金融機関へ2度3度足を運び、合間にクレジット会社、警察へ電話です。大忙しのうちに半日過ぎました。

置き忘れた場所はわかっていました。本来なら届けられているはずの場所です。持っていったにはそれなりの事情があったと察しられます。すべてわたしの不注意なので、不思議と悔しいとか腹がたつとかは一切自覚しませんでした。2万円は、わたしには大金ですが、知らない誰かの役にたったのならそれでいいと思いました。でも、あの後始末の大変さはもうごめんなので、これからは『しっかりしなければ!!』と強く強く反省しました。

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想いの癖

想いを
計る
機械
なぜ
ないんだろう


想うものの中にずぶずぶと入って、どう上がってくるか。自分が確かなものであるならば、そこまで考える必要はないのですが、わたしは不確かなんでしょう。逆に考えなさすぎる感がおおいにあります。人間性とか、そこまで高尚な話しではなく、わたしの持つクセみたいなもの。ひとがかかえるさまざまな荷物を、仮に本にたとえると、わたしはどんな本を何冊持って歩けるのか。

わかっているはずなのに、あの本も鞄に詰めたいこの本もわきに抱えたい、あの遠くにあるあの本も持つのが無理なら口にくわえたい。賢ければ一冊ですむのかもしれません。あるいは本など必要ないのかもしれません。


想いのクセとは、なかなかに厄介なものです。

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がきんちょのつぶやき


親は
ずるくなれ、なんて
教えなかったから
ほんとうはイヤなんだけど
必要なときって結構ある


子供じみたことを言ってます。いつもずるいひとって巧みで人生するするいってるようで、そのするするはうらやましいのですが、「で、それで?」と思ってしまいます。そう思うのはわたしだけではないような気がします。生まれもってずるいわけはありませんから、事があって学習してそうなったんでしょう。でも、それは『ここぞ!』というときだけのずるさでいいんじゃないかと思います。やっぱり、わたしはまだまだ『がきんちょ』です。

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不思議のまち


そのままでいい
空は遠い
アイヌ名の山々は
あの頃と
変わらないではないか


久々に生まれ育った町へ行ってきました。

あたらしいことが好きな自分ですが、知り尽くした町が不思議と新鮮でした。見渡せばなにひとつ変わらない山や川に胸がすかっとする思いでした。子供のころに父や母と毎週入りにきた温泉は立てかえられ、面影はなにひとつ残っていませんでしたが、間違いなくこの場所であったということだけで懐かしく満足しました。故郷とはかわりゆくものとかわりようのないものでできていて、もはやそこに根のないわたしにはただただ新鮮だらけな不思議の町でした。

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自由な手


沈んだ舟はもういい
陽と風に
傷をさらそう
ゆっくりと
再生するんだ


深い傷は、やがては肉がもりあがり糊をひいたような跡を残して治ります。でも、ふたたびそこを傷つけられるのは、浅くても、怖いことです。ならば、どうでしょう。いっそ晒してしまえば。「開きなおる」ほどの強さはいらない、隠していた手を下ろすだけ。案外簡単です。自由になった手で防御もできる、ときには闘うこともできるかもしれません。自由になった手は花を摘んだり美味しいものをつまむことだってできます。

自分を強いの弱いの言ってることが恥ずかしくなりました。

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終わらない


八十五歳のおじいさんが
泣いている
生き残ってすまないと
泣いている

わたしは戦争を知らない

テレビや本でしか「戦争」を知りません。自分なりに学習はしました。胸にせまるものは確かにあります。なにがあろうと二度とあってはならないと強く思います。生き残ったひとたちの『終生終わらない戦争』への責任を、とれる者などいないのです。絞られるように涙を流した老人を、神さまでもいい、仏さまでもいい、ふうわりと抱きしめてあげてはくださいませんか。

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ほとけさまのお供え


供えられた白百合
それよりも低い
古い墓石に
夕焼けが
どっさりと落ちてくる


お墓参りへいくといろんなお墓を、つい見てしまいます。
由緒ただしい風情の立派な古いお墓。真新しい角の大理石のお墓。オブジェのようなお墓。傍らにちいさなお地蔵さまがいらっしゃるお墓。変かもしれませんが、見ていて飽きません。お供え物も様々です。缶ビール、煙草、お菓子、果物、お煮しめ、お赤飯等々。こころのなかで生きていらっしゃるほとけさまに、この世で生きているわたしたちがお供えする様々なものは、微笑ましくて慈しむ想いがギュッと詰まっています。買わずに庭の花のあれこれを父の墓前に供える母のこころも、なかなかいいなぁと娘心に思うのですが....。

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雨の正体


いぬがじっと点々を見つめているから
わたしもじっと点々を見つめていた
雨が隙間なく、そのうち
アスファルトを黒く塗りかえるのを
はじめて不思議と思った


最近、夕立が多くて大抵は走って家路を急ぐか、どこかの店先で雨宿りして、雨がちいさく(?)なるのを待ちます。おとついは違いました。いぬもわたしも、多分あれが最初の一粒と気づいたんです。点々は万遍のない点々でした。「こうなったら点々の終わりを見ていよう」いぬをしゃがんだ足もとに寄せて、じっと路面を見ていました。

ほんのすこし、雨の正体がわかったような気がしました。あぁ そうでした。いぬにとっても、初めての夕立でした。ふたりとも?少〜し賢くなったと思っているのですが.........。

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完結の青春


いっぱい
見せてもらおう
彼らの青春
さあ!サイレンだ!
高校野球の緞帳があがる


生涯『青春』です。いくつになっても、ひとりひとりの青春は輝いています。青春は終わらないんです.......が、高校野球は青春の勝負です。負けたら終わる夏、勝てばつづく夏。はっきりした完結の青春です。北海道からは駒大苫小牧と駒大岩見沢が出場です。今年も雪国のジンクスをくつがえしてくれるでしょうか(^^)

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いぬ時計


AM7:55
PM5:55
キッチンの前でおすわりしている
なぜ、わかるんだろう
食事の時間


毎日不思議に思います。我が家のいぬ、サヴァです。ソファーのうえで寝ていても、その時間になるとシャキッと起き、とことこキッチンの所定位置にておすわりします。なぜ、8時丁度、6時丁度じゃないんでしょう。動物のこういう部分を知るにつれ、『あなどれないなぁ』とかなり尊敬?してしまいます。

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原爆忌


最後にみたのは 
あの光
最後に聞いたのは
あの音
焦土と化して消えたのだ 人間が


『あの子を探して』という朗読劇をテレビで見たことがあります。女優さんたちが、原爆に奪われた子供への母の手紙を朗読していました。どのお母さんも後悔していました。悔いて嘆いていました。

お母さん、あなたたちに、なんの落ち度があったというのでしょう。『行ってきまーす』という子供に『行ってらっしゃい』と声をかけただけじゃありませんか。あの朝が今生の別れになるなんて、誰が知りえたでしょうか。わかるんです。こうすればよかった、ああしなきゃよかった、とそこへ戻ることでしか『あの日の子供』に逢えないのですよね。

原爆に奪われたすべての方々の魂は、愛するひとのもとへ帰れたでしょうか。『千の風』ではなく『爆風』となって、今も探しつづけているお母さんの胸へ『ただいま!!』と体当たりするように帰ってほしい。そんなことだけを考えた、今朝でした。

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空(くう)


絶望の先に
絶望が
見えかくれする
おのれを『空』と思えば
いかねばならない


行って凶、戻って凶なら行くしかありません。びしょびしょ泣きながら歩きます。嘲笑されても、この道は自分しか歩けない道、堂々とは無理だけど背中まるめて、しゃくりあげながら行くだけです。わたしはほんとうは弱いのかもしれません。

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ひとつの夢


来年も
再来年も
あの花火は
貴女に衝撃をくれる
わたしの勘は狂ったことがない


日本中、花火大会です。大きいのから小さいのまで、それぞれに楽しませてくれます。隅田川の花火、長岡の花火、大阪の花火、一度は見てみたいと思います。春は桜を追って北上し、秋は紅葉を追って南下する。冬はここでたっぷり雪を楽しんで、夏は花火を追いかける。果たしてみたいわたしの夢です。

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『感謝の心を忘れずに!』
いちいち戒めて
謙虚を装うのは
わたしがゆるゆるの
俗物だから


感謝のこころを持っていられるときはこころが平安、もしくは平安を激しく求めているときのような気がします。いろんな『感謝』がありますが、たとえば当選した議員の方々が涙を浮かべ、興奮覚めやらぬ面持ちで『国民の皆様にこころから感謝いたします』の『感謝』と、自分が今在ることの『感謝』は違うように思えます。『感謝』のこころは願わくば、泉のように湧き出るものであり、その泉は枯れることを知らない、そういうものであって欲しいと思います。もちろん、わたしのこころの中にも、です。

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茗荷の花


ほんのすこしの我慢で
思いがけないものに
出逢える
茗荷の花の
白く 可憐な


cosmosさんという方のHPで、はじめて『茗荷の花』を見せていただきました。あの茗荷の先に白く可愛らしい花を咲かせるのです。茗荷と言えば天ぷらや、お味噌汁に入れて食べることしか知りませんでした。母の家庭菜園にも茗荷はあるのですが、見つけるやいなや食べることだけ考えていました。

来年からは、母に頼んでせめてひとつは残してもらい、実物の『茗荷の花』を見よう!!と思いました。

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奪われた未来


未来は絶対的な権利
家族には
無限大の未来があったのだ
それを奪った者に
未来など与えてはならない


山口県光市母子殺人事件。

あのくだらない裁判が、どれほど本村さんを空虚にさせるのであろう。人が、その人生をかけた闘いに対し、あの弁護団は人間に与えられた最低限度の良識さえ『死刑反対』の錦の旗で払い捨ててしまった。

弁護団の諸先生方は、残忍なゲームの一貫として殺された、お母さんと赤ちゃんの遺影をまっすぐ見ることができるのであろうか。惜しみなく愛したであろう家族を奪われ、二十代のもう取り戻せない時間を無惨に破り捨てられた、本村さんの目を見ることができるのであろうか。加害者と共にお偉い弁護士先生たちは、まだ、ゲームを続けてゆくのだろうか。

わたしには 許せない。

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神さまにおまかせ


考えても
考えても
答えのでないとき
『もはや神様の領分』
そう 思うことにしている


答えがでないから繰り返し繰り返し、同じことばかり考えてしまいます。『もし、ああだったら』『仮にこうだったら』動きも止まってします。わたしは賢い人間ではないので、すぱっと気持ちを切り替えることはむずかしいのですが、そんな思考のぐるぐるにはまったときは、とりあえず、体を動かすことにしています。あとは神様(具体的なイメージはありません)におまかせしてしまいます。

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いのちのかたち

翔ぶものに
泳ぐものに 焦がれてはいまいか
生きるために
命を尽くしていることを
忘れてはいまいか

鳥のように大空を飛びたい。魚のように水をきって泳いでみたい。なんて雄大で自由で伸びやかなんだろう。

でもわたしはつい、忘れていました。鳥たちも魚たちも遊んでいるわけではないんですよね。飛べたときから、泳げたときから、生き抜き子孫を残す、ただそのために命を尽くしているのです。鳥も魚も、あの大らかな姿こそが命のかたちだったのです。

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久しぶりの雨


雨は語りべ
こころの内海に
生きてきた分の
懐かしさが
広がってゆく


夜中、ふと目覚めて窓をあけると街が濡れていました。『あぁ 雨か』すこし雨の匂いをかいでいました。このまえ雨が降ったのは、いったいいつだったのか思い出せないくらい久しぶりの雨です。

せっかく咲いた紫陽花もその良さを発揮できずにしおれていましたが、これでやっと『花の本懐』を遂げられるとうれしく思いました。

でも震災のあった新潟地方には、今は雨など降らないでほしいと願っています。

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美しいということ


美しいひとは
美しい言葉と美しい心をこそ
誇りにしてほしい
くだらない虚栄心など
ゴミの日に出してほしい

(自分のことは この際棚にあげて)美しいひとこそ、美しいことに敏感になっていただきたい。神が与え給うた奇跡を存分に使いきってもらいたい。自分のために。周りの人のために。

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好き


好き
そのはじまりの想いから
間違っていたとしても
生き崩れるまで
好きは好き

出会いの『キュン!』やインパクトのある思い出はしっかり覚えていても
辿ってきた足跡のひとつひとつを覚えているわけではありません。

『好き』という気持ちが残っているかぎり、すべてを消し去ることも
困難です。共に居ようが離れていようが、二度と逢うことがかなわない
のであろうが『好き』という気持ちは 濃くなったり薄くなったりしながらも
居座りつづけるのではないのでしょうか。

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人間の思い


『母親ならみな同じ思いです』
子供がいない私も同じ思いなのです
想像して思い計ることは
できるのです
信じられませんか?

まったく同じとは言いません。産みの苦しみをしらないのですから。十月十日を体内ではぐくんだ経験もないのですから。だから偉そうなことを言える立場にはありません。ただ、命として思うことを許していただけるのであれば、ちいさな命が捨てられることも、傷つけられることも、消されることも、我慢がならないのです。哀れでならないのです。女性としての発言と受け入れてはもらえないのなら、せめて人間として、そんな思いを抱いていこうと思っています。

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大好物


トマト きゅうり レタス セロリ
キャベツ 白菜 アスパラ 辛くない大根
スイカ 梨 林檎 苺  等々
これ全部
サヴァ(いぬ)の大好物

いぬが野菜や果物を食べる音はとても爽やかです。
サクサク、シャリシャリ 健康な音です。

お留守番のおやつには厚めの輪切りきゅうりやプチトマトを小鉢に入れて、煮干し2匹をちょこんとのせます。サヴァは大喜びです。吠えることもせず おとなしくお留守番の任務を果たします。いつだったかは前日の残りの水菜をひと掴み小鉢にいれて、急いででかけましたがきれいに食べて待っていました。レンジでチンした南瓜なんか食べたあとは あまりの美味しさ?に廊下を走りまわり、ごろんごろん転がってしばし放心状態でした。

さぁて、今日のお留守番のおやつは何にしようかな?

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ひたすら


神さまより
きみを信じよう
そして
きみより
わたしを 信じぬこう


十日間、かすみ草畑をぼんやり見ていました。その名のとおり、ほんとうに霞です。いろんなことを考えたようで、実はひとつのことしか考えていないような。孤独であるとか寂しいとか、そのずっとずっとむこうに転がっているものと対話していた気がします。転がっていたものは、『ひたすら』というものでした。わたしの根源。

かすみ草は手強い、と思いました。風が吹くと この世が揺れているような錯覚を起こさせます。しかし、当然それはそう見えるだけで、だからこそ手強いと凝視せずにいられませんでした。

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王女と民


寄生虫のようなものだ
わたしは
先ず、その思いから
脱出せねばなるまい
人に戻るのだ


自分を情けないと思う感情ほど惨めなものはないと思います。
『わたしはわたしの王女様であり、また、その民である』大切な言葉です。そろそろ自分を解放してやらねばなりません。王女様のように尊敬し民のように信頼する。もう一度、そんな風に生きたいと思っています。

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カラーパープル

遠くに光る
海をみた
あの
おなじ光が
わたしにも射しているのだと


映画が大好きです。
こころに残る映画をあげたらきりがありません。どんな映画にもどこかに『観るべきもの』があるからです。『空を飛ぶ夢』『息子の部屋』『キルトに紡ぐ愛』、古くはリバイバルで観た『インテリア』『ジョニーは戦場へ行った』など、感じるものが多くありました。中国映画の『初恋のきた道』は思いだすたびに胸がキュッとします。

そしてわたしにとって、出逢えたことに感謝せずにはいられない映画が『カラーパープル』です。観ては涙が溢れ『人生捨てたもんじゃない』と熱く再確認するのです。

『カラーパープル』とは綿花畑のことです。

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勇気


何度でもあやまちを
繰り返す
何度でもあやまちを
許しつづける
あやまちの根源を 知っているから


友達がこんなことを言っていました。
『1日に10分楽しいこと、嬉しいことがあれば1日を生きられる。その1日で一週間を生きられる』哀しいけれど強い言葉だと思いました。

閉じこもり気味ながらも、意識して常に大局をよく見て考えながら過ごしてきましたが、そろそろ勇気をだして踏み出そうと思います。たくさんのやさしい人たちに、ありがとう です。

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Yちゃんの風


薄汚れたこころに
貴女の夏色のスカートが
とても綺麗でした
貴女のいつもの微笑みも
とても綺麗でした


昨日ひさしぶりにYちゃんに会いました。長い長い友達です。
頭がよくて我慢強くて努力家でやさしいYちゃん。おまけにとても魅力的でモテモテです。背が高くてスタイルも抜群です。Yちゃんといると自分の小ささや情けなさを再確認させられます。ひとはあんなふうに生きられるんだと感動します。わたしもあんなふうに生きられたら、と思います。ですが、それは難しいので、Yちゃんにはいつまでも元気でいてもらって、みすぼらしいわたしのこころに風を吹き込んでもらいたい。そう願っています。

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花氷(はなごおり)

   花氷
     われの慕情を
          そのままに
   秘めし想ひの
          色あせぬまま

五 七 五 七 七 です。
『花氷』という季語が大好きです。

目で見る贅沢な涼しさです。水に花を入れて凍らせるなんて、考えたひとはきっと男の人のような気がします。わたしが見た花氷でいちばん綺麗だったのは、菖蒲です。すっと伸びやかで、でも秘めたなにかを感じました。今年もどこかで、花氷に会えたらいいな。

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相合い傘


雨なら
雨が たのしかった
ブローした髪が
台無しになっても......

ときめきの中にわたしはいた


学生の頃 相合い傘をしました。校舎の外は雨。ちょうどそこに雨宿りをしている、ちょっと人気のある先輩が立っていました。ギターケースを肩にかけた彼に、わたしも好感を持っていました。持っていたピンクの花柄の傘をぱっと広げて『よかったら、はいりませんか?』と誘ったのです。今思っても、日頃のわたしからは考えられない素早い行動でした。彼がどんな表情でどんな返事をしたのか、肝心なところは覚えていませんが、多分『あ、どーも』くらい言ったと思います。

サークル会館までの相合い傘。傘をもってくれたのは彼でした。なつかしいのは、正直、おぼろげな彼よりもわたしのちいさな勇気です。

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ひとり?


その哀しみは
自分だけのもの
と 思っちゃ大間違い
共有しようと努力している
わたしを 忘れないで

人はどこまでいってもただひとり。孤独です。こころを開けとか、カラを破れとか、人は簡単に言うけれど加速のついた負の思考は、そう容易く足をとめてはくれません。ですが、そんなとき、わたしは『今 こころのバネの強化訓練中なのだ』と無理矢理思うことにしています。そうするうちに、ひとりぽっちの自分の周りにわたしを案じてくれている人たちがいることに気づくのです。

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さよならの行方


さよならは
言うだけ
1日に1度も
思い出さなくなった時が
ほんとうの さよなら

思い出すこともなくなり、なにかでふっと思い出す。
ちくっとこころが痛いのか、ほんわり懐かしいのか
頭をふって追い出そうとするのか。
自分が言ったさよならの行方は、今のところ
痛いのがひとつとほんわりがひとつ、です。

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未完の馬


二次元的でかまわない
ひたすらなにかに
焦がれるような
そんな心もちで
生きていきたい

神田日勝(かんだ にっしょう) 『未完の馬』
見たくて見たくて、初めて対面したときには自分の想像を超えた感動に、しばらく足が動きませんでした。絶筆の画とも言われているこの馬の背景はベニヤ板のままで、反った背からつづく後ろ足が描かれていません。何本もの鉛筆の線が未完を物語っているのでしょうが、この目で見たとき『描けなかった』のではなく、あえて『描かなかった』のではないか、そう感じました。

上半身だけの馬の、なんと生き生きと躍動感に満ちていることか。農耕馬独特の筋肉がもりもりと動きだし、荒い息を吐き、飛び出してきます。翌年も、またその翌年も逢いたくなりその地を訪ねました。

何度見ても衝撃をあたえてくれる『未完の馬』に、出逢えてよかった。

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財産

おさなごの眉毛まで
かくれた夏帽子
大きな口で笑っている
その笑顔を守らなきゃ
全力で守らなきゃ

ちいさいこどもはサプライズの連続。
うれしい たのしい おいしい きもちいい かなしい さびしい くやしい こわい まだまだたくさんあるでしょう。そんなサプライズの中に大人の感情的な暴力や、無感情な放棄が存在してはならないのです。

こどもの笑顔は最大の財産なのだから、だれにも奪う権利はありません。親といえども。

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爪紅

色をのせた爪は
とても雄弁
しぐさの
ひとつひとつに
口をはさむ

ひとと会うときだけマニキュアをします。色はその日の気分です。だいたい似たような色ばかりそろえてしまうので、どれでも良いようにも思いますが微妙に違うのです。

家に帰るとマニキュアは拭きとられます。急に指先が重く厚ぼったく感じられるのです。マニキュアをおとしたあとは、爪が深呼吸しているみたいです。

マニキュアを塗っているときはなんにも考えていません。ときどきでも、こんなちいさな無我(?)に身をおくのは、わたしには大切なことなのだと思います。

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優しさ

うけとった
実感が
いつまでも残っている
優しさって
そういうもの

長く体調をくずしていたある日、小包が届きました。
『食べてみておいしかったから、ついでにNOKKOの分もお取り寄せしたの。よかったら食べてね。気にいったらまた送るよ』短いメッセージと共に、お湯をそそぐだけで食べられるリゾットがたくさんはいっていました。いろんな種類の味があって、手間もなく毎日美味しくいただきました。

ついで、なんかじやないのです。体調の悪いわたしが簡単に食べられるものを探してくれたのです。今思っても胸にぐっときます。

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音花火


花火の音に
ふりかえる
みえなくても
夜空をあおぐ
みえなくても 花火はいい

打ち上げ花火が大好きです。音も火薬のにおいも。無意識に手をたたいて『うわぁ〜』と声をだしてしまいます。かなりはなれた場所でも音はきこえます。ひゅるひゅるどーんぱちぱちぱち。それだけで充分堪能した気分になれます。

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この一冊


『怒(ど)を放ち
『恕(じょ)を握る』
土くれに足指を踏ん張った
老女の言葉
胸底に 刻む

ずっとむかしに買った本です。
何年かに一度は読みかえします。はじめて読んだときの圧倒された思いは今も変わりません。昨日また久々に読み返し、その中の一編『梨花』で泣いてしまいました。

時を経てなお、迫りくる力をもったこの一冊に巡り会えた、そのことに幸運を思わずにはいられません。

   『洟(はな)をたらした神』 吉野せい著

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知らせ


帰ってきたことが
彼女の証明
逃げきれなかったこと

向きあう決意

『お母様から電話があって、○○さん、昨日遅くに帰ってきたって!あぁ よかった、ほんとうによかった!』朝一番、母からの電話でした。久々の明るい声でした。

『教室へ行ってきます』
そのまま失踪した母の生徒さんが二週間ぶりに帰ってきたのです。

二週間の旅は、せいせいしたものであったのか、重く苦しいものだったのか、こまかいことはこのさいどうでもよくて、こころの底から安心しました。この世でおきた問題は、この世でしか解決できないのだと思うから。

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ひみつのまち


坂のまちには
発見がある
暮らしているものと
偶然迷い込んだものだけに
あかされる秘密のような

母が暮らすまちは海から這い上がった何本もの坂が織りなすまちです。
行き止まりや袋小路、細い横道に迷うこともしばしばですが、絶対と言っていいほど『発見』ができるまちです。

女の人がひとりでやっている手作りのドーナッ屋さん。一日に五時間しかお店をあけないてんぷら屋さん。古い民家の良さをそのまま残したイタリアンレストラン。まだまだいっぱいあります。

そして不思議なことに、偶然発見したお店にはいって失敗したことがないのです。いそがしい母は迷ったときでも必ず捨て目をわすれずにしておいて、後日ゆっくりたずねているようです。

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寄り添う


いなくなってから
感じる
存在の大きさ
あの花にも
あの星にも

妹さんを自殺で失ったともだちが訪ねてきてくれました。先週四十九日を終え、ご両親と『もう泣いてても仕方ないから、区切りをつけてもとの生活にもどろう』と話したそうです。そして不思議な出来事を話してくれました。

お母さんと二人で久々に買い物へ行き、お昼を食べようと駅のレストラン街へ行ったときだそうです。一件目のお店で『申し訳ございませんが只今三名さまのお席がふさがっていまして』と言われ、二件目でも同じことを言われたそうです。三件目のお店では座ることはできたのですが、お水もおしぼりも三つ置かれたというのです。

『妹は買い物もおいしいものを食べるのも大好きだったから、母とわたしについて来てたんだなぁと思って』

そういうこともあるのだろうと素直にわたしも思いました。姿が見えなくても、触れることもできなくても、こころに寄り添う実感は消えるものではないと思いました。

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イボイボの棒


善良な友を
いじめるヤツは
10m先からダッシュして
イボイボのついた棒で
はり倒してやるのだ

『そんな人間はアタマ、叩いてやりたいよね』『イボイボのいっぱいついた棒でガツーンとね』『そんなんじゃ足りないよ、助走つけてガツーン!だね』

学生時代からの友達同士の決まり文句です。言ったあとはいつも笑って、おしまいです。

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通りすぎてゆくもの


通り過ぎてゆくものが
美しいというのなら
わたしはあの日 風になりたかった
あなたをやさしく包みこみ
通り過ぎてゆく風に

思い出がすべてうつくしいはずはありません。都合よく修正していることのほうが多いかもしれません。

だれかの思い出の中にもしもわたしがいたとして、それはどんなわたしなのでしょう。

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言葉薬


とりあえず
言葉につける
薬はありますか?
時々ですが、わたし
毒をはくので

なにがあるかわからない先の日のために、今言いたいことを3分の1におさえるのはそんなに難しいことではないのです。でも、わたしは馬鹿なので.......薬があれば、なんて。

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パンジー


パンジーの
ちいさな
深い

指先がためらう

厚ぼったい光沢に、そっと触れてみたいのですが、パンジーが激しく嫌がる気がするのです。

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キラキラ考

龍仁さんから『一番最初にキラキラをつかった人はだれでしょうね』というコメントをいただき、わたしもそういえばそうだなぁと思いました。何気なくつかっている『キラキラ』。手もとにあるもので調べてみました。

綺羅ーあやぎぬとうすぎぬ。美しい衣服。外見の美しさ、はなやかさ。
きららかーきらきらして美しいさま
きらー(水面に浮いた油など)きらきらとみえるもの、また光のきらめき、輝き
雲母ーきらら。きらめく様。

などです。これらは徒然草、今昔物語、平家物語にでてくる言葉です。すくなくとも12世紀前半には美しい様子を『きらきら』と表現していたようです。おどろくのはこれほどの時を経て、その意味が変化していないことです。目に映る美しさは、今も昔も直球ということでしょうか。

『(顔が)美しいというのは大切な事だ』
鴎外の母の言葉です
『素直が一番』
わたしの母の言葉です
姿キラキラ心キラキラ.......難しい注文です

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